マッサ・マリッティマ行きのバスは、屋根付きバス停の並びにある10番のボックスから出る。もっともボックスと言ってもちゃんとした専用乗り場がある訳ではなく(わたしはてっきりそうなのかと思っていた)、壁に「10」というプレートが取り付けてある場所のことである。
10番は、シエナ駅を背にして見ると屋根つきバス停の右側にある。
発見後道路に目を転じると、×印の場所に、左に描いたようなバス停の看板が立っている。
ここに時刻表が取り付けてあるので、シエナからの発車時刻とサン・ガルガーノからバスが出る時間を調べる。この2つ、特にサン・ガルガーノからバスが出る時間は命綱だ。悪いことは言わない、しっかりメモしておこう。
ちなみにこのメモ、後にイタリア人に見せることになるので、停留所名と出発/到着時間を見やすく書いておいた方がいい。
シエナ駅略図。帰国後書いたものなので、縮尺等は鵜呑みにしないように。
窓口に行ったら、おもむろに
「Vorrei uno biglietto d'andata e ritorno per San Galgano, per favore?」
(ヴォレイ ウノビリエッティ ダンダータ エ リトールノ ペル サンガルガーノ ペルファヴォーレ?)
(サン・ガルガーノ行きの往復切符を1枚下さい)
と言ってみよう。こんな長い文章よういわんわという方は、紙に書いてもOK。というかそれがお勧め。(その場合、大きく Domani 明日 と書き添えておくといい。)
すると、あなたが朝に ― もっと言えばバスの出る時間前に ― 切符を買おうとしているのでなければ、
「Oggi? No no no no.」(今日はもうないよ)
と言われるかもしれない。
その場合は菩薩の如き微笑で、「 Domani ドマーニ (明日) 」 と繰り返せば良い。
さて、切符を購入して(2002年夏当時、4.54ユーロ)もまだそこを立ち去ってはいけない。
@どこからバスが出るか
A何時に出るか
を確認する必要がある。
まずは、
「box dieci? ボックス ディエチ? (10番のボックス?)」
そしてさっきメモした駅からの出発時間を見せて
「Partenza? パルテンツァ? (出発?)」
と訊いてみよう。
合っていれば頷くか「Si,si」と言ってくれるだろうし、違っていれば教えてくれるはずだ。
この時まくしたてられて真っ白になったら、とりあえず
「Scusi, puo scriverlo? スクーズィ、プゥオスクリーヴェルロ? (すみません、書いてください)」
という便利な言葉を唱えるか、あるいは「スクーズィ・・・」と言いながら書く真似をすればOK。
ここで首尾よく切符を入手し、時間と出発場所が確認できたら第一段階終了。
次はいよいよバスに乗る。
10番のバス停で待っていると目的のバスがやってくるが、そのフロントガラスのところに「Massa Marittima」と書かれたプレートがあるのを確認しよう。
ドアが開いたら、おもむろに乗り込むが、その時運転手さんに、
「Scuri, vorrei Scendere a San Galgano スクーズィ、ヴォレイシェンデレ ア サンガルガーノ サンガルガーノで降りたいんです」
「Mi fa sapere qundo ariva. ミファサペーレ クワンドアリーバ 降りる時を知らせてください」
と忘れずに伝えておこう。紙に書いておいて見せるのも可。
そして、昨日メモした、サンガルガーノからの出発時刻を見せ、「Partenza? パルテンツァ? (出発?)」と確認しておくと尚ベター。運転手さんは頷いてくれるはずだ。
刻印機で切符に刻印を入れて待つうちにバスは出発する。
サン・ガルガーノに着くまでは、はらはらしつつも、車窓の景色を楽しんでいてOK。
ちなみにこのバス、降りるという意思表示をしなければ停留所に停まることなくどんどん進んでいくので、いかにあなたがシャイな人でも「サン・ガルガーノで降りるのだ!」ということだけはしっかり伝えておかないとえらいことになります。
乗って1時間もすると運転手さんがバスを止め、「サン・ガルガーノ!」と教えてくれ、下の図の●のあたりにあなたを降ろし、去っていくだろう。
帰りには道をはさんで反対側、■のあたりで Massa Marittima から来るバスを待っていれば良い。バスの姿が見えたら、一応手を振ったりして運転手さんの注意を向けるのがベター。そのまま去っていってしまったら悲しすぎる。
ちなみに、どうも帰りのバスは10分ほど遅れて着くことがあるよう。わたしの時もそうだった。
バスが来るのが時刻表より多少遅くとも世をはかなんだりせず、落ち着いて待つべし。
あ、でも、そうは言ってもぎりぎりの時間に行ったりせず、余裕を持って到着しておかれますよう。
篠 利幸は著書『トスカーナの青い空』(東京書籍)でこの剣について懐疑的な意見を述べているが、実は Pavia大学の研究チームによってこの剣及び礼拝堂自体の調査が行われている。
この調査によって、剣の鉄が12世紀のものであることが判明したが、他にもいくつかの発見があった。
まず、この礼拝堂建設にあたって使われた煉瓦が、礼拝堂設立よりも150年も前のものだったこと。
入り口の右手の壁にエルサレム十字が記されていること。
そして壁の中からは12世紀のものであるミイラ化した両手が発見されたことなどである。(現在この手は、入って左手にある円形の小部屋に展示されている。この両手の説明として書かれていた文章は、折を見て翻訳し、掲載する予定)
わたしはここを訪れる前、『奇跡』の剣を実際に自分の目で見てみたいものだと思い、礼拝堂のミステリーにも触れてみたいと考えていた。
しかし実際にこの剣を目にした時、わたしの心を深く充たしたのは、『奇跡』の真偽でも、いくつもの不思議でもなく、戦のため、人を殺すために作られた剣が、今では静寂と穏やかさ、そして安らぎさえ湛え、人々の祈りを受け止めているということだった。
あのテロ事件から1年が経ち、今はアメリカのイラク攻撃がいつになるかという話題が新聞を賑わせている。
今という時代にこそ、聖ガルガーノがこの丘で見つけたものをもう1度見つめ直す時なのではないだろうか。