■  美しい雲の流れる場所。  〜番外編: こんな特殊な企画が誰かの役に立つのだろうかガイド〜 ■





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■ San Galgano への道 ■ 〜 バスでSan Galganoに行くには 〜  2002.10.03



San Galgano ― ここにはかつて、1224年から1288年にかけてシトー派修道士によってゴシック式の修道院が建てられ、13世紀中頃には付属の聖堂が作られた。
やがて、運営が困難になるにつれ人々が去り、18世紀半ばを待たず崩壊、現在は壁面だけがその名残をとどめる。
不思議な魅力に惹かれ、今でも多くの人々が訪れる場所だ。

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■ 目  次 ■

このページについて
交 通 手 段
バスによるシエナ駅から街までの行き方
イタリア語は話せないがバスでサン・ガルガーノに行きたいのだという方への手取り足取りガイド
おまけ:サン・ガルガーノへの道、簡易体験版
聖ガルガーノ、そして La Rotonda について

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■このページについて


今回の旅行で、1番苦労したのがここ San Galgano へバスで行く方法を知ることだった。
情報が少ないため本やインターネットでは調べきれず、結局現地で右往左往することになったが、おかげでサン・ガルガーノを堪能することが出来た。
うーん、(わたし的には)貴重なこの情報、埋もれたままにするのはもったいなーい!
というわけで、この先サン・ガルガーノに行きたいと思っている方とシェア出来たらなあと思ってこのページを作ることにした。


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■交 通 手 段


◎レンタカー
サン・ガルガーノはシエナから45kmほどの距離ということで(『地球の歩き方』には33kmとあり)、レンタカーで行くのが1番手軽な方法のよう。
現に、英語で書かれた旅行記は、車で行ったという記述ばかりだった。
もっとも、わたくしのように免許自体がない人にとっては遠い雲の上のお話。

◎タクシー
タクシーで行くことも勿論出来る。メリットは、好きな時間に行くことが出来、帰りの足についても案じずに済むこと。ただし費用がやや高めなのと、タクシーに待ってもらっていてはそうそうゆっくり出来ないという難点がある。
★費用について、参考までに。
篠 俊幸著『トスカーナの青い空』 (1995年10月22日第一刷り) には、シエナ駅からタクシーに乗り、30分ほどでサン・ガルガーノに到着、2時間待ってもらってチップ込みでL12万リラを支払ったという記述がある。(もっともタクシー運転手は待っている間好意でメーターを倒しておいてくれたそうなので、実際にはもっと掛かったはずだ。また、1995年以前の値段である点にも注意。)ということは、1ユーロ121円とすると、約7,260円。一方今回バスに支払った金額は、往復で4.54ユーロ=約549円だった。

◎バス
サン・ガルガーノはシエナとマッサ・マリッティマ Massa Marittima の中間地点にあり、この路線をつなぐバスを利用すれば行くことが出来る。
とはいえこのバス、今回の経験を例にして言うと、行きは朝の10時前にサン・ガルガーノに着き、帰りに拾ってくれるのは夕方の5時半前後。そして前日のうちに(当日買っても行けるだろうが・・・)いささかの言葉を駆使してチケットを購入するという手間が必要だ。
急いでさっと見物を済ませたいという人には全く向かないが、せっかくここまで行くのだからゆっくりとサン・ガルガーノで1日を過ごしたい、そして多少の手間もドキドキも楽しめるという人には、とびきりお勧めの方法である。


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■バスによるシエナ駅から街までの行き方


まずは、ついでなので、バスでシエナの街まで行くやり方の説明を。


シエナ駅略図。帰国後書いたものなので、縮尺等は鵜呑みにしないように。


駅は街から少し離れている。
歩いて25分ほどと聞くから歩けない距離ではないが、荷物がある場合などバス利用がお勧め。
街までのバスの切符(2002年夏当時、1回券0.77ユーロ)は売店(小)で購入可。
売店の人に、

「Uno biglietto, per favore!  ウノ ビリエット ペルファヴォーレ! 切符1枚下さい!」
「Due biglietti, per favore!  ドゥエ ビリエッティ ペルファヴォーレ! 切符2枚下さい!」

などと叫ぼう。

ちなみに、バスの乗車券は出口付近の自動販売機でも購入できるが、イタリアの機械にありがちなことに、こいつも時々お金を飲み込んだままそれっきりになってしまうお茶目さんだ!注意。

  シエナ駅周辺図。


さて切符を買ったらバス停へ向かう。
駅の玄関前にはバスが停まっては去っていくが、これは乗客を降ろしているバスか、街の外へ行くバスだ。
気軽に乗ると、目的とは違う場所に連れて行ってくれる可能性があるぞ!注意。

駅を出たら、正面にあるロータリーの中を通り ― わたしが行ったときはまだ作りかけで、石畳を引いている最中だった ― 道を渡った向こう、屋根のあるバス停に向かう。
ここに来るバス全てが街行きとは限らないので、心配ならバスの運転手に「チェントロ?」と聞いて相手が頷くのを見てから乗った方が無難。
ちなみにグラムシ広場 P.za A.Gramsci に行くには、10番のバスが早い。
バスの乗り方は、基本的に後ろから乗り前から降りるようだが、混んでいる時は丁寧にそれを守っていると思いっきり乗り遅れる可能性がある。人の後について、どこからでもとにかく乗ってしまおう!とはいえ、空いている時にはセオリー通りに乗り込もう。

ちなみに、バスに乗ったら何はともあれ刻印機を探し、さっさと切符に刻印してしまうのが吉。
わたしが旅行中には1度もバスの検札には会わなかったが、熊と同じで、遭遇してから狼狽しても遅いぞ!
とはいえ、めちゃ込みの時は、立っているだけで精一杯、刻印どころではないという時も確かにある。
そういう時は「Scusi スクーズィ(すみません)」と言いつつ切符を隣の人に渡せば順繰りに手渡していって刻印してくれるが、切符が返ってきたら「Grazie! グラーツィエ! (ありがとう!)」と笑顔でお礼を言うことを忘れずに。そしてもしあなたが切符を渡された時は、刻印機に近い側の人に同じように渡すこと。決して私物化してはいけない。後が怖いぞ。
そして、もしも隣にいるのが見るからにやばそうな殺気に満ち満ちた兄ちゃんやマフィアのボスと見まごうような危険な風格溢れる人物だった場合は、検札が来ないことをひたすら祈るのもありだ。

降りたいときはチャイムを押すが、着いたばかりの時はどこがどこやらわからない可能性大なので、運転手の横に陣取って

「Scuri, vorrei Scendere a ○○ スクーズィ、ヴォレイシェンデレ ア 〜   〜で降りたいんです」
「Mi fa sapere qundo ariva. ミファサペーレ クワンドアリーバ 降りる時を知らせてください」

と、困ってます的表情でお願いして教えてもらうのもありだし、グラムシ広場など、とにかく目立つ最寄のエリアで降りて、地図を見ながら目的地に辿り着くというやり方もありだ。
運転手さんに教えてもらった時は、降り際に「Grazie! グラーツィエ!」を言うのをくれぐれもお忘れなく!

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■イタリア語は話せないがバスでサン・ガルガーノに行きたいのだという方への手取り足取りガイド
 (あくまで2002年夏の時点での情報。)


とりあえずイタリアに行き、フィレンツェからでもローマからでもいいので、バスに乗るなり電車を使うなりしてどうにかシエナに辿り着くこと。これが大前提である。

さて、シエナからサン・ガルガーノに行くには、シエナ駅発マッサマリッティマ行きのバスに乗る必要がある。このバスは国鉄FMFが運営しているため、バスの切符購入はシエナ駅の切符売場で行う必要がある。

だがまずは、時刻表のチェックが必要だ。

  シエナ駅周辺図。


マッサ・マリッティマ行きのバスは、屋根付きバス停の並びにある10番のボックスから出る。もっともボックスと言ってもちゃんとした専用乗り場がある訳ではなく(わたしはてっきりそうなのかと思っていた)、壁に「10」というプレートが取り付けてある場所のことである。
10番は、シエナ駅を背にして見ると屋根つきバス停の右側にある。
発見後道路に目を転じると、×印の場所に、左に描いたようなバス停の看板が立っている。

ここに時刻表が取り付けてあるので、シエナからの発車時刻とサン・ガルガーノからバスが出る時間を調べる。この2つ、特にサン・ガルガーノからバスが出る時間は命綱だ。悪いことは言わない、しっかりメモしておこう。 ちなみにこのメモ、後にイタリア人に見せることになるので、停留所名と出発/到着時間を見やすく書いておいた方がいい。

さてここで注意だが、バスの時刻表には San Galgano という停留所はない。PallazzettoPonte Fecciaの中間に位置しているので、この両方の時間をメモしておく必要がある。

以下は、わたしが行った時のバスの時刻表。この先時間が変わる可能性は高いが、何かの参考にはなるのでは。


...km
1 番
3 番
■ Stazionamenti 停留所 ■
2 番
4 番
----
4.4
7.1
10.2
16.4
20.5
24.2
34.1
41.3
44.2
-
54.7
61.9
71.6
75.1
7:05
7:15
7:18
7:22
7:30
7:35
7:39
7:50
7:58
8:01
8:08
8:20
8:35
8:45
8:52
16:40
16:50
16:53
16:57
17:05
17:10
17:14
17:25
17:33
17:36
17:43
17:55
18:10
18:20
18:27
Massa Marittima
Ghirlanda
Pian di Mucini
Niccioleta
Prata
Gabellino
Ponte di Montieri
Pallazzetto
Ponte Feccia
Frosini
Montebello
Rosia
Volte Basse
Siena (Fonte Giusta)
Siena Stazione F.S.
10:40
10:35
10:30
10:25
10:15
10:08
10:03
9:53
9:44
9:39
9:32
9:20
9:10
9:00
8:55
20:42
20:32
20:29
20:25
20:18
20:15
20:10
20:00
19:55
19:50
19:45
19:35
19:25
19:15
19:10
(2002年夏)


見ての通りサン・ガルガーノに行くバスはこれだけ。シエナからは約1時間の距離。
というわけで、帰りのシエナ行きのバスに乗り遅れた場合

@ヒッチハイクをする
Aタクシーを呼ぶ(・・・語学力に自信があり、海外で使える携帯を持っており、さらに懐具合に余裕があるなら。)
B20時前に来るマッサ・マリッティマに行くバスに乗り、諦めてマッサ・マリッティマに泊まる
C近くのアグリトゥーリズモ(まあ、泊まる場所です、要するに)まで歩く
Dサン・ガルガーノで野宿

などの楽しい選択肢が待っているので注意が必要だ。
ちなみに、サン・ガルガーノ近くにはちょっとした食堂があり("Bar de la Fattoria" 農園のバール とかいう名前だったような気が)、宿泊する場所も提供しているようだったが、いつの季節まで運営しているのか、また急に行っても泊めてくれるものなのかについては不明。

さて、時間がわかったら今度は切符だ。シエナ駅に戻り、1番左の切符販売窓口に向かおう。
バス窓口では売っていないので注意が必要だ。


シエナ駅略図。帰国後書いたものなので、縮尺等は鵜呑みにしないように。


窓口に行ったら、おもむろに

「Vorrei uno biglietto d'andata e ritorno per San Galgano, per favore?」
(ヴォレイ ウノビリエッティ ダンダータ エ リトールノ ペル サンガルガーノ ペルファヴォーレ?)

(サン・ガルガーノ行きの往復切符を1枚下さい)

と言ってみよう。こんな長い文章よういわんわという方は、紙に書いてもOK。というかそれがお勧め。(その場合、大きく Domani 明日 と書き添えておくといい。)

すると、あなたが朝に ― もっと言えばバスの出る時間前に ― 切符を買おうとしているのでなければ、

「Oggi? No no no no.」(今日はもうないよ)

と言われるかもしれない。
その場合は菩薩の如き微笑で、「 Domani ドマーニ (明日) 」 と繰り返せば良い。

さて、切符を購入して(2002年夏当時、4.54ユーロ)もまだそこを立ち去ってはいけない。
@どこからバスが出るか
A何時に出るか
を確認する必要がある。

まずは、
「box dieci? ボックス ディエチ? (10番のボックス?)」
そしてさっきメモした駅からの出発時間を見せて
「Partenza? パルテンツァ? (出発?)」
と訊いてみよう。
合っていれば頷くか「Si,si」と言ってくれるだろうし、違っていれば教えてくれるはずだ。
この時まくしたてられて真っ白になったら、とりあえず

「Scusi, puo scriverlo? スクーズィ、プゥオスクリーヴェルロ? (すみません、書いてください)」

という便利な言葉を唱えるか、あるいは「スクーズィ・・・」と言いながら書く真似をすればOK。

ここで首尾よく切符を入手し、時間と出発場所が確認できたら第一段階終了。

次はいよいよバスに乗る。
10番のバス停で待っていると目的のバスがやってくるが、そのフロントガラスのところに「Massa Marittima」と書かれたプレートがあるのを確認しよう。

ドアが開いたら、おもむろに乗り込むが、その時運転手さんに、

「Scuri, vorrei Scendere a San Galgano スクーズィ、ヴォレイシェンデレ ア サンガルガーノ   サンガルガーノで降りたいんです」
「Mi fa sapere qundo ariva. ミファサペーレ クワンドアリーバ 降りる時を知らせてください」

と忘れずに伝えておこう。紙に書いておいて見せるのも可。
そして、昨日メモした、サンガルガーノからの出発時刻を見せ、「Partenza? パルテンツァ? (出発?)」と確認しておくと尚ベター。運転手さんは頷いてくれるはずだ。

刻印機で切符に刻印を入れて待つうちにバスは出発する。
サン・ガルガーノに着くまでは、はらはらしつつも、車窓の景色を楽しんでいてOK。

ちなみにこのバス、降りるという意思表示をしなければ停留所に停まることなくどんどん進んでいくので、いかにあなたがシャイな人でも「サン・ガルガーノで降りるのだ!」ということだけはしっかり伝えておかないとえらいことになります。

乗って1時間もすると運転手さんがバスを止め、「サン・ガルガーノ!」と教えてくれ、下の図ののあたりにあなたを降ろし、去っていくだろう。
帰りには道をはさんで反対側、のあたりで Massa Marittima から来るバスを待っていれば良い。バスの姿が見えたら、一応手を振ったりして運転手さんの注意を向けるのがベター。そのまま去っていってしまったら悲しすぎる。

ちなみに、どうも帰りのバスは10分ほど遅れて着くことがあるよう。わたしの時もそうだった。
バスが来るのが時刻表より多少遅くとも世をはかなんだりせず、落ち着いて待つべし。
あ、でも、そうは言ってもぎりぎりの時間に行ったりせず、余裕を持って到着しておかれますよう。

本邦初公開(多分・・・)サン・ガルガーノ付近見取り図。

ラ・ロトンダの緑の楕円は丘を、赤は礼拝堂を示している。
修道院跡の水色の四角は付属の聖堂跡。黄色いところはかつては修道院だった部分と思われ、小さなおみやげ屋さんやちょっとした休憩所、トイレがある。
(この付近で確認出来たトイレはここ1ケ所。)
また、修道院跡とラ・ロトンダをつなぐ赤い線は近道。車道を戻って丘を登るより早いが、未舗装で急なのは覚悟しておくべし。
ラ・ロトンダにも小さな売店がある。ここで売っている自然派化粧品、特にフレッシュな本物のレモンの香りがするハンドクリームや天然材料から作られたものらしい小さめのコロン(Tea Roseがお気に入り)がお勧め。
他にも本やハーブを漬け込んだビネガー、オイルなどがあり、タンブルや小さなアクセサリー程度のものだが石なども売っていた。


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■おまけ:サン・ガルガーノへの道、簡易体験版


シエナ駅を出発したバスは、トスカーナの風景の中をどんどん走っていく。

ようやく到着。サン・ガルガーノに通じる道は左右に針葉樹が植えられた舗装道なので、迷う気遣いはない。

左に小さな墓地があるのを見ながら道を進む。

やがて遠く右の方に大きな建物が見える。あれこそがかつての聖堂だ。
前方には小高い丘。その上には礼拝堂があるのだが、ひとまず道を右に折れて聖堂の方へ向かう。

次第に聖堂の姿が大きく見えてくる。わたしが行った時には、道の左右は止められた車でいっぱいだった。
また、途中には食堂もあり、ちょっとしたおみやげものを買ったり、食事をすることが出来る。
(ただし観光シーズン以外も開いているかどうかはわからない。)

いよいよ修道院前に到着。



側面からの様子。



内部。

聖ガルガーノは、1148年 キウズディーノ(Chiusdino)の高貴な家に産声を上げた。
成長した後は騎士として戦場を駆け巡り、戦に明け暮れる日々を過ごしたが、ある日このモンテ・シエペの丘に立ったガルガーノは、戦いの空しさと悲しみを感じ、岩に剣を突き立てた。
しかし剣は折れずにそのまま岩に呑み込まれ、ハンドルは十字となって彼の前にそびえ立った。
これを、神が自分を受け入れた印と見て取ったガルガーノは、それ以降簡素な生活と祈りの日々を送り、暴力と贅沢を否定し続け、残りの生涯を人里離れたこの土地で送った。
彼は死後間もなく最初期の聖人として列せられ、この丘に礼拝堂 La Rotonda が建てられたという。

La Rotonda にはいくつかの不思議があるが、その最たるものは、入ってすぐ、礼拝堂の中央の床にある。
そこにあるのは岩には剣が突き刺さっている ― これこそが『聖ガルガーノの奇跡』と呼ばれる剣、 "La spada nella Roccia"だ。
そう、ここにはその伝説の剣が現存しているのである。
このあたりの人たちは「世界に奇跡の話は数多くあるけれど、実際に今でも目で見ることが出来るのはこのサンガルガーノの剣ぐらいだろう」と言って自慢するというが、さもありなんという感じだ。


剣は、1960年代と1991年の2度に渡って折られたため、ハンドル部分を岩に埋め
セメントで固めて補修した上で、強化プラスティックのカヴァーがかぶせてある。

篠 利幸は著書『トスカーナの青い空』(東京書籍)でこの剣について懐疑的な意見を述べているが、実は Pavia大学の研究チームによってこの剣及び礼拝堂自体の調査が行われている。

この調査によって、剣の鉄が12世紀のものであることが判明したが、他にもいくつかの発見があった。
まず、この礼拝堂建設にあたって使われた煉瓦が、礼拝堂設立よりも150年も前のものだったこと。
入り口の右手の壁にエルサレム十字が記されていること。
そして壁の中からは12世紀のものであるミイラ化した両手が発見されたことなどである。(現在この手は、入って左手にある円形の小部屋に展示されている。この両手の説明として書かれていた文章は、折を見て翻訳し、掲載する予定)

わたしはここを訪れる前、『奇跡』の剣を実際に自分の目で見てみたいものだと思い、礼拝堂のミステリーにも触れてみたいと考えていた。
しかし実際にこの剣を目にした時、わたしの心を深く充たしたのは、『奇跡』の真偽でも、いくつもの不思議でもなく、戦のため、人を殺すために作られた剣が、今では静寂と穏やかさ、そして安らぎさえ湛え、人々の祈りを受け止めているということだった。
あのテロ事件から1年が経ち、今はアメリカのイラク攻撃がいつになるかという話題が新聞を賑わせている。
今という時代にこそ、聖ガルガーノがこの丘で見つけたものをもう1度見つめ直す時なのではないだろうか。




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